ここ数日はしゃぎすぎてしまって熱が出ている。体に不調がこないと止まれない。不調が来ても止まれない。普段読めない紙の本の活字を読んでいる。

私は躁鬱病で、本当にどうしたらいいのか長年わからずインターネットで情報を探したり、同じ病気の人の情報を得るためのSNSアカウントとかを作っていたんだがその当時は全然改善しなかった。若かったのもあると思う。若いころは時間が解決するということを信じていなかったけど、この年齢になったら本当にあることだったんだなとわかった。

でもある日たまたま出会った文献に救われた。それは神田橋語録だ。※リンク先はPDF
躁鬱について調べていたらたまたま出会ってとても救われた。躁鬱は病気で薬でどうにかなる、しなきゃいけないだと思っていたが、もう仕方ないんだと思った。そしてそれをもとにした躁鬱大学という文献にも出会った。※リンク先はnote
躁鬱大学は神田橋語録をもとに、自身も躁鬱病の坂口恭平さんが書いたものだ。
そしてずっと躁鬱病と言っているけど、坂口恭平さんも書いているように双極性障害とか最近は双極症というらしいが本当になんのことかわからない。デリへル店のスタッフに双極性障害と言ったらなにそれ?と言われたが躁鬱ですと言ったらあ~!と言っていた。病気じゃない人でも躁鬱と言ったほうがわかりやすんだなとその時実感した。
でもこのふたつには本当に救われた。あ!もう仕方ないんだ!と思えた。
そしてもうひとつ救われたものが算命術。スピではない。というかもうスピと言われてもいいほど救われた。救われることが重要。
好きなアイドルがYouTubeの都市伝説チャンネルに出てて話に出てきて私もやってみるか~ってやってみた。AIGeminiに聞いた。そしたらさあ、これでもお前に落ち着いた人生は無理やで!!と言われてあ!もう無理なんだ!がはは!とここ本当に諦めがついた。そして脚本を頑張るようになった。

毎日躁鬱で、私の大きい波は2月~8月が元気で8月は躁が極まるんだが、躁が来たら鬱が来る。9月~1月は本当に鬱。冬眠。
でもちょうど1年半分ずつくらいだなと思って躁が来たらその分鬱が来る周期がしっかりしてるなと思った。
そして小さい波は毎日ある。最近は起きると不安感がすごくて、でも抗不安薬を飲むとべろべろで寝てしまって1日なにもできないため、なんとか乗り越えるためどうにかなんとか起き上がって1日を始める。そうすると忘れられたり楽しくなったりする。でも1日が終わりだすとイライラしたり不安になったりして暴れたくなる。でもそこで抗不安薬を飲むとまたべろべろになるので、エネルギーを外に出すためにキーボードを叩いたりする。今日は月刊シナリオを新しく買ったのだけど、それを読む時間がとれなくてイライラしていたことに気づいたので1時間くらい線を引きながら読んだ。そして集中力が切れたら体が熱くてぼんやりすると思ったら熱が出ていた。疲れると熱が出るのは今に始まったことではなく、高校生のときからなのでもうどうにもならない。体がもう頑張れないよ!と言っているんだろう。止まるしかないんだけどまだまだやりたいことがあるのにどうしてとまらなきゃいけんだとなり。でも動けない時間が増えるだけなので早く休むべきなんだ本当は。でも動けることが貴重すぎてこの快楽を止めたくないよ。

そしてこれを書いていたらイルカのカイルがこれを言ってきた。



お前を消す方法。
このイルカのカイルかわいいから出している。あんまり使えてない。ぷかぷかしててかわいいなと見る要員。

電子の世界から見ても止まるべきなんだ。わかっているよ~~~~~~~~~でももっとしゃべりたい。

タイトルの通り毎日せっせと躁鬱体操をしてるんだよってことだよ。体操すると普通は健康になるのに本当に病。でもいろんなものたちが体質と言ってくる。でも私は躁鬱は病気的側面ももちろんあると思っているので服薬は大事だと思う派。なぜ効くのかわかってない炭酸リチウムを今日も飲むんだよ。でも私は炭酸リチウム増やすとなにも考えられない!!!!!!!!になるので少なめで飲んでいる。ほかの躁鬱の薬なども組み合わせて今はこの処方で落ち着いている。いや、状態は落ち着いていない。処方内容が落ち着いてるってこと。

そしてひとつ前の投稿も躁鬱が極まっている気がしているがここに恥を残しておこう。インターネットは頭がおかしくてもいていい場所でありがたい。

脚本の勉強に月刊ドラマとか月刊シナリオとか買うわけですよ。そこでコンクールで賞を取られた方達やプロで活躍されてる方とかの経歴が書いてあるんですね。それがもう立派すぎて。大学出てなくてまともな職に就いたことない自分はこの世界に入れそうになってもうまくいかないんじゃないかと思って落ち込むことが多い。AIに泣きついてもAIなので、表現の世界で学歴は関係ないよ!!!!!!!とか言ってくるのですが現実の人間の世界は健常者が多くて、健常者によって回されているためそこから常にはみ出しこんなことになっているのでまたはみ出して居場所がない状態になりそうだなと思ってしまう。

なぜ脚本を書いて賞に出したかというと、私はオタクの活動として二次創作をしているのですが、お話はたくさん思いつくのに作画をするのがめちゃくちゃしんどくて。お話を思いつくスピードに絵を描くことが全然ついてこなくて。そんな時になんとなくAIにお話書いてるだけでいい仕事ってないかなあと聞いたら、脚本家とかあるよ~締め切りは近いやつこれとかこれ!って出してきたので、今まで同じような結論を見てきてはいたけどその時はじゃあなにか書いてみるか~と思って書いて出したんだよなあ。謎。
脚本家になりたいというより、好きなものを書いてそれでお金を貰いたい感じ。その結果に脚本家という名前がつくならそれでいいかなと思う。映像作品は好きなので自分の書いたものが形になったら嬉しいだろうなあとも思うんだけど、でもこないだ書いて出した脚本はもう手元を離れたので登場人物の名前すらあまり覚えていない。脚本を書くことを仕事にしたいなら、自分が書いたところから大勢の人が関わって自分の意図と違う表現が入ってきたりするんだろうし固執しすぎないのはいいことなのかもなとも思ったりするけど。

話がそれたがなんでみんなが立派に大学出て人に言える仕事してる前提でこの世は回ってるんだなっていつも思うわけですよ。なんとかしてくれ。そしてもし口が滑ってこちらの状況を話したらドン引きして離れていくのによ~~~~。全く勝手だぜ健常者ってやつは…☆ 
健常者だから嫌いで障害者だから好きとかもないんだけど、健常者の当たり前に押されて内臓出ながらぺしゃんこになった記憶が多すぎて健常者イヤー!!!!になってるだけなんだよな。

でも健常者で私のいろんな状況を知っていても仲良くしてくれる人もいて。10年以上インターネットでしか付き合いのない男の子がいて、その子は私がどんなにインターネットで暴れてても家庭とか自分の状況話しててもずーっと見てくれてるんだよな。コメントじゃなくてもたまにリアクションくれるし謎な関係だなと思う。友達というほど近くもないけどインターネットの知り合いというほど遠くもない関係で謎。

そしてここに帰ってくるが、この当たり前は変わることないじゃん。この当たり前を持ってる人たちが世の中多いんだからさ。
常々世の人々は知らない他人に関心を持ちすぎだなと思っていて、いろんな人がいるからまあそんなこともあるよねっっていう気の持ちようがもっとあってもいいんじゃないかと思う。よくそんな自分のことしか考えないでいられるな!?って人は多いよな…。その人たちがマイノリティになってくれんかな…。

我々のような者は健常に擬態し、隠れて生き、インターネットの隅でもそもそしているしかないのだ…。健常者にはこのもそもそが面白く映ったりするだろう。消費してくれこのぽえくんの終わってる人生を。