鬱が来たことをご報告
どうも。躁鬱は鬱になりました。
めっちゃ体動くぜがはは!!!!!!って行動してたら普通に鬱になった。耐えたいが仕方なく毎日抗不安薬を飲んでいる。べろべろになるからなるべく飲みたくないんだが。次の精神科月末なんだけど、それまで持つのか抗不安薬は。
躁鬱について悩んでいることがメモしてあったのでここに放出する。
昔から悩んでいることなんだが、躁的になってすぐ他人に攻撃的になるのはどうしたらいいんだろうかとなる。躁鬱は本当に病気だよ。状態はそんなことないのに躁でも鬱でも勘違いを思い込んでそれが本当のことだと思う。躁も鬱も過ぎ去ればなにしてるんだろになる。躁のときの行いはやってしまった…だし鬱のときの行いはなにをそんなに悩んでいてのか…になる。でもそのときは本気でそう思ってるし本心なんだけど状態だけ見ればなんでもないんだよな。でも極端な思考と行動って病気じゃないとできないから、試合に出ないと結果がでないのと同じで病気じゃない人に比べると行動することが多いから驚きの成功を成し遂げたりするだけなんだよな。鬱の方に傾くと死ぬが。
と書いてあり、その通りすぎる~~~~~~~!?!?!?!?!?!?
でも私はなんとしても脚本の賞にあとふたつ応募したいので動かないといけません。普通に体が重いしなにも思いつかない。ベートヴェンは耳が聞こえなくなってピアノに齧りついて作曲したと聴くので私も机に齧りついて書くかがじがじ。でも私の場合キーボードを打たなきゃいけないわけで机に齧りついてもなんの意味もない。あむあむ。
でも、鬱の度数が高いと天井見てるしかないのね。寝込んでなくて椅子に座れるだけマシだ。ご飯も作れてるし。ぼーっとして発狂したいだけなのでだいぶマシだ。これくらいなら物語書いたりはできそうかね?わからんこれからやる。
あとずっと見たかった国宝見たよ。個人的には面白かったな。あと月刊シナリオの国宝の脚本載ってるやつも買った!
でも読んでたらさ、初めてこの人みたいな脚本書きたいって思った。脚本って書き方ある程度決まってて、作家さんによって多少違いはあるけどそんなに作家さんが書いた脚本ってものに好きも嫌いもなかったのね。でも 奥寺佐渡子さんの脚本は全然違った。本当にお人柄が出てるというか。丁寧で優しい方なんだなととても思って。インタビューも読んだけどとても丁寧だったし感謝とかを伝えてたりもして人間性が素晴らしい方なんだなと思った。
すごく丁寧で。ここまで書くんだとか。これ書いてあったほうが読む人たちわかりやすいよなあとか。でも無駄なものは書いてなくて。プロだから当たり前なのかもしれないけど。
絵とか漫画書いてきて、最初は真似をしろっていうけど真似をする人見つけた。私は物語を作るのに、虚淵玄になりたいと出会ったときから思っていたんだけど、奥寺さんみたいな脚本を書きたいと思った。
でも私は躁ですぐ思い上がって他人に攻撃的になるのにさ。人間性が違いすぎる。なれるんかい。でもなりたいって言っても自分の中にいろんなものが混ざってきてなれはしないんだけど。
どうしたら日々人に感謝するとかできるの!?まず今の生活に感謝したい人いないな。機会がないと無理かまず。感謝したくなったらするか。それでいいか。
今締め切りまで終わるのかと生活は大丈夫なのかと他人を傷つけないかが不安。どうしようもない。不安じゃないときが滅多にない。躁のときだけ。私は躁短めなことが多いのですぐ鬱々としている。全体的に大きな波で見ればいま元気なときだが、冬になったら天井ばかり見ている気がする。どか鬱だよ。
これを見ているあなたが健康であればいいなと思います。ここまで読んでくれてありがとう。感謝したい人いたな。ここを来てくれているあなただ。